弔意表明って国家権力で強制されるべきものなのでしょうか

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思わず戦前の日本の話?と思うようなトレンドワード、それが「弔意表明」。

どうやら文部科学省が全国の国立大学に対して、2020年10月17日に実施される故中曽根康弘元首相の政府・自由民主党の合同葬の際に弔旗の掲揚や黙祷をして弔意を表明するように求めたというもの。

中曽根元首相は嫌いじゃないですよ、元首相ですし、賛否両論はあるものの日本に対して貢献したこともあるのでしょう。

しかし、しかしですよ。弔意表明を文部科学省が国立大学法人のトップに対して求めるとはおかしくないでしょうか?

『学問の自由』とは、『思想信条の自由』とは、もっと言うと民主主義とはなんなのでしょうか?

小さな変化の積み重ねで歴史は刻まれていくもの、多くの人々が小さな疑問は抱きつつ、それでも大事に至るとは想像もせずに権力者に忖度し、事なかれ主義で物事を進めていくと、過去に誤ったような歴史の惨劇は繰り返されるのではないでしょうか。

今すぐ、今日明日の戦争は起こり得ないにせよ、わが子、わが孫が戦地に送られる、戦死する可能性が日々高まってきているように感じます。

どうやら今の自由民主党は「自由」と「民主主義」から程遠い党になってしまったのではないでしょうか。

 

  

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